ブランドの歴史

1856

時計職人だった家族の薫陶を受け、美へのあこがれを胸に秘めたアーネスト・ボレル創設者のジュール・ボレルは、 スイス西部にある時計製造発祥の地であるヌーシャテルで時計メーカーとしての長いキャリアをスタートさせました。 当初から自社ブランド創設を心に誓い、家族企業から国際企業に発展させることを夢見ていました。

1859

ジュール・ボレルが、義理の弟にあたるポール・クルボアジェとともに Borel & Courvoisier社を設立。

1859-1860

ハンブルク、ジェノバ、ロンドン、そして米国から、時計商が買い付けに訪れました。これが最初の海外バイヤーとなります。

1860

Borel and Courvoisier社が初めてウルグアイに向けて時計を出荷して南アメリカ市場への進出を果たしました。

1861

ボレルの時計は国際的に知られるブランドとなり、このころは腕時計以外に、懐中時計、時計も生産しています。

1866

Borel and Courvoisier社は、当時のスイス時計界で最大の権威をもつヌーシャテル天文台主催のコンテストで優勝し、世界的に知られた時計メーカーとしての地位を確立しました。

1866

Borel & Courvoisier Company won the Award rank second and sixth by the Neuchâtel Observatory.

1876

Borel & Courvoisier Company was awarded the Certificate of Award in the Watch and Pocket Chronometers International Exhibition of Philadelphia in United States.

1878

Borel and Courvoisier社は、パリでスイスの時計メーカーとして初めて金賞を受賞しました。時計にプッシュ式リュウズ連動機構という画期的な技術が出現したのもこの時期です。 クラウンとピンでゼンマイを巻き上げる新しい機構は、従来の方法に取って代わり、腕時計製造史のマイルストーンとなりました。

1894

ジュール・ボレルがリタイヤし、息子であるアーネスト・ボレルが跡を継いで、社名を Borel-Courvoisierと変更。

1898

アーネスト・ボレルと技術責任者のアドマイル・デブロットが共同経営者として会社のマネジメントを引き継ぎ、社名を. Ernest Borel & Cieとしました。その間もボレルの時計は進化を続け、 巻き上げ機構のギアやピン、プレートを改良して、アーネスト・ボレルの時計の精度と品質は飛躍的に向上しました。美しく華麗なエピソードから、 百年以上にわたって用いられるロマンティックなロゴマークが誕生したのもこの年です。

若き日のアーネスト・ボレルは舞踏会で美しい女性と出会い、彼女をダンスに誘いました。リズム感よくステップを踏む若いカップルのエレガントさと睦まじさは会場全体の目を引き付け、 写真家はこのすばらしい瞬間を逃すまいと銀板に焼き付けたのです。このロマンティックなスナップ写真を見て、アーネスト・ボレルの心の中にアイディアがひらめきました。 一瞬の感動を永遠に伝えるため、「ダンス中のカップル」をモティーフにしてブランドのロゴマークをデザインしたのです。愛は時を超えて、永遠に生き続けます。時間が流れ、 二度の世界大戦の動乱を経ても、ボレルは時計の生産を停止したことがありません。エレガントにダンスするカップルのシルエットは、世界中どこでも、 見る者に忘れがたいロマン的な印象を残し続けています。

1903

販売員の六カ月に及ぶ長期の中国滞在を経て、アーネスト・ボレルと中華文明とを結ぶ固い絆の第一歩となる388個の時計が、中国で販売されました。 アーネスト・ボレルの中国進出に関するエピソードは、スイス・ヌーシャテル州ラ・ショー・ド・フォン(自治体)にある国際時計博物館で現在でも公開されています。

1927

アーネスト・ボレルの息子であるジャン・ルイ・ボレルが入社して、会社に新風を吹き込みました。

1936

ジャン・ルイは、この有名な家族企業を株式会社化し、アーネスト・ボレル会長、ジャン・ルイ・ボレル社長、そして技術責任者のアドマイル・デブロットという顔ぶれで、 ここにアーネスト・ボレル発展史における重要な一歩を踏み出したのです。これを契機として、洗練された伝統、高度な技術、専門的で効率の高い製造工程で、腕時計の傑作が次々と誕生しています。

1937

ボレルの時計がギリシャのGrand prix栄誉賞を受賞。ロゴマークである「ダンス中のカップルのシルエット」は世界的に歓迎され、消費者に強い印象を残しています。

1945-1959

この間、4172のボレルウオッチがヌーシャテル天文台発行の「Bulletin de marche公式歩度証明書」を取得しました。これは当時生産されていた時計のほとんどをカバーしており、 驚異的な成績と言っていいでしょう。

1946

会社の長期発展ビジョンを実現し、品質レベルで先頭を走り続けるため、新工場を建設し、設備を増強して、品質と生産能力をさらに向上させることを取締役会で決定し、翌年着工しました。

1947

10月10日、アーネスト・ボレルの新工場が操業を開始し、数多くの著名人がオープニングパーティーに出席しました。

1948

新工場の落成にともない、数多くの検査装置を導入して資源の統合化を進め、研究開発の重要性を再認識して、研究開発の分野でも一歩大きく前進しました。

1958-1962

この間、ボレルウオッチはヌーシャテル天文台が発行する数多くの栄誉賞や証書を獲得しています。

1980’s

中国に改革開放を契機として、アーネスト・ボレルは、伝統、高品質、格調の高さといった特徴をもつロマンティックブランドを、中国人顧客の好みや中国の伝統文化と融合させて、 中国市場に真新しい消費理念を吹き込みました。

1997

Ernest Borel S.A.をヌーシャテル州ラ・ショー・ド・フォンで創設し、さらに先進的なウオッチ生産技術を導入。

2005

Ernest Borel S.A. が正式にスイス時計協会の会員となりました。

2009

業務の急速な拡大に対応するため、ボレル本部と工場をラ・ショー・ド・フォンから、スイスの時計生産地として有名なル・ノワールモンに移しました。

2010

この年はボレル飛躍の年であり、スイス、米国、中国、フランス、ロシア、トルコ、アイルランド、ウクライナなど、多くの国で新店舗を開設し、中国市場の販売拠点は700に達しました。

2014

事業は発展を続け、中国市場の販売拠点は800を超えました。2014年7月11日、アーネスト・ボレル・ホールディングス(銘柄コード:1856)が香港証券取引所で上場を果たしました。

Nowadays

一世紀半を経たアーネスト・ボレルのウオッチは、文化的な深みと高度な職人技をもって、時代ごとに異なる環境の中で常に精彩を放ち続けてきました。これからも先頭ランナーであり続けるとともに、堅実に事を進める姿勢を維持して、輝かしい未来へと邁進していきたいと思います。